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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜






マフィアに入ることになった美鈴はその三年後、潜入任務でスイスに行くことになった。
空港の出発ロビーは、人混みと機械音で満ちていた。
大きなガラス窓の向こうに滑走路が伸びていて、照り返す朝の光が白く眩しい。
中也は腕を組み、帽子を少し下げながら無言で立っていた。
その隣に立つ美鈴は黒のロングコートに身を包み、大きなスーツケースを片手で転がしている。

「……スイスだなんて、面倒な任務を引き受けやがって」

中也は眉間に皺を寄せたまま、美鈴を横目で睨んだ。

「面倒でも、ご主人が引き留めなかったんですから」

美鈴は笑みを浮かべ、肩にかかった長い髪を指先で払う。
彼女の声には、以前の少女らしさよりも、鋭く張り詰めた芯があった。

「気を抜くな。万が一ヘマしたら……」

「大丈夫ですよ」

美鈴は一歩だけ中也に近づき、コートの裾がひらりと揺れる。

「‥‥ご主人」

「ん?」

中也が怪訝そうに顔を向けた瞬間、美鈴はつま先立ちになって中也の顔を両手で捉えた。
ほんの一瞬、空港の喧騒が遠くなる。

「んっ……」

中也の帽子がずれ、彼の青い瞳が一瞬だけ見開かれる。
美鈴は唇を離すと、唇の端を小さく舐め、照れ隠しのように笑った。

「おい、手前……」

「帰ってきたら覚悟しておいてくださいね、ご主人をちゃんと惚れさせてやります」

美鈴は一歩下がり、スーツケースのハンドルを握り直すとくるりと踵を返す。

「……なっ!」

中也は少し頬を赤くし、帽子を深くかぶり直した。
美鈴はその背に振り返りもせずに片手を小さく振りながら、人波の向こうに消えていった。

「あの馬鹿……」

中也はため息をつきながらも、その口元にはわずかに笑みが滲んでいた。





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