第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜
「何やってるんだ。手前‥‥」
低くも呆れを滲ませた声が、聞こえる。
美鈴は瞳を大きく見開いた。
胸の奥がぎゅっと痛み、息が詰まる。
「ご、ご主人‥‥」
声が震えるのを押さえられなかった。
会いたくて、たまらなかった人、どれだけ夢に見たか分からない。
その姿が今、目の前に立っている。
中原中也は無造作に帽子を押さえ、軽く顎を引いて美鈴を睨む。
「ったく、勝手に暴れて、何してやがる」
張り詰めた空気の中、美鈴の喉が震えた。
(会えた。ご主人に‥‥)
「私の目的は達成されました。そこを退いてください」
美鈴は肩を上下させながら、必死に荒い呼吸を整え、地面に転がった桜霞刀を拾い上げた。
花弁が刃先からぽろりと舞い落ちる。
中也は小さく鼻を鳴らし、コートの裾を乱暴に払った。
帽子の影に隠れた瞳が、鋭く美鈴を射抜く。
「退く訳ねぇだろ、手前は姐さんに危害を加えようとしたんだ」
美鈴の胸の奥に、熱く鈍い衝動が込み上げてきた。
(丁度いいわ、ご主人といつか真正面から戦ってみたかったし)
美鈴は桜霞刀を構え直し、風に揺れる髪をかき上げると、口元にうっすら笑みを刻んだ。
「それなら強行突破させていただきます」
中也が帽子のつばを指先で押さえ、紅葉が仕込み刀を静かに引き抜いた。
向かい合う美鈴は桜霞刀を構え、肩で息を整えながらも瞳に宿る光を消さない。
割れたアスファルトに舞い散る桜の花弁が淡く染めている。
紅葉が仕込み刀を抜き、中也は一歩前へ出る。
二人を前にしても、美鈴は一歩も退かない。
桜霞刀の顎を握る指先が僅かに震えていたが、瞳は真っ直ぐだった。