第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜
「咲き誇れ、金色夜叉」
赤糸のような長い髪が揺れる。
白い能面をつけた女の姿。
右手には、鞘からわずかに抜かれた一振りの刀。
刀身が月光を弾き、美鈴の額に冷たい汗を滲ませる。
(これが、異能生命体‥‥)
紅葉で、金色夜叉は何の感情も映さぬまま、美鈴をじっと見つめている。
(お父さんから聞いたことがある。異能生命体は自身が異能を使えない変わりに生命体を作らせることによって、攻撃させたり、防御させたりすることが出来るって)
瞬間、金色夜叉は滑るように間合いを詰め、美鈴の目の前で刀を抜いた。
月光を裂いて放たれる一閃。
「−−−っ!」
美鈴は横に身を沈めて避けるが、服の裾が切り裂かれ、かすかな血の匂いが鼻をつく。
(速い!でも、対処出来る範囲だわ!)
金色夜叉の能面が、女の人形のように無感情な仕草が逆に恐ろしい。
「はああっ!」
美鈴は地面を蹴り、咄嗟に桜の手裏剣を抜いて、夜叉の胸元へと投げた。
しかし金色夜叉は紙一重にかわし、すぐに刀を振り下ろす。
火花が散るほどの速さ。
美鈴は腕を交差させて防ぐが、刀の背で弾き飛ばされ、路面に背を叩きつけられた。
「くっ!」
咳き込みながら体を起こすと、金色夜叉は無音で歩み寄ってくる。
その足元には舞い散った桜の花弁が散乱し、血にまみれて地面に張り付いている。
金色夜叉が再び刀を構えた。
静かな殺気が裂き、周囲の空気が張り詰める。
能面の奥の目は何も映さない。
ただ紅葉の命令だけを映している。
(手裏剣だけじゃ、駄目だ!刀には刀を)
美鈴は荒い息を吐きながら、指先に意識を集中させた。
微かに漂っていた桜の花弁が美鈴の掌に吸い寄せられる。
指先が震えるほどの力を込め、両手を前に突き出すと、花弁は渦を巻きながら白い光を帯びて形を変えていく。
『桜霞刀』−−−透明な刃に淡い桜色が揺らぎ、美鈴はそれを両手で握り締める。
その瞳には、覚悟の光が宿っていた。