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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜






(うう、来ちゃった)

春風がビル街を抜けて、遠くからでも赤黒いビルの輪郭がはっきりと見えた。
美鈴は人目を避けるように路地裏の電柱の影に身を隠し、指先をぎゅっと胸元に押し当てた。
薄い息が漏れる。
喉がひりついて、目の奥がじんわりと熱くなる。
ご主人がポートマフィアに入った。
あの日、白瀬の口から聞いた話は嘘じゃなかった。
『羊』が無くなっても、マフィアが私に手を出すことは一度もなかった。
きっとご主人が、私だけは巻き込まないようにしてくれていたのだろう。

(ひと目だけ‥‥)

美鈴はぎゅっと拳を握ると、指先が白くなるほど強く爪を立てた。

(ひと目だけでいい、ご主人の姿が見たい)

電柱の影からそっと顔を覗かせる。
高層ビルの中のどこかに、ご主人がいる。
そう思うと胸の奥が締め付けられた。
一歩、前へと足が、勝手に舗道に出る。
でも、すぐに立ち止まってしまう。

(行ったところで、何が出来るのよ……)

小さく震えた唇を、指で押さえた。
吐き出せない言葉を飲み込んで、美鈴はまたそっと電柱の陰に身を隠す。
じっと息を潜めていたその時だった。
ビルの風に紛れて、ふわりと甘い香のようなものが鼻先を掠める。
美鈴ははっと顔を上げた。
いつの間にか、背後に影が立っていた。

(何‥‥この女)

低く艶のある女の声に、背筋が凍る。
振り向いた瞬間、艶やかな赤髪がゆらりと揺れた。
そこにいたのは、真紅の着物をはためかせた尾崎紅葉だった。
その視線が美鈴を射抜くように細められる。

「ポートマフィアの前でうろつく子猫には……仕置きが必要じゃ」

紅葉の手がふわりと翻った瞬間、赤い花弁のような幻が散った。
直後、美鈴の頬をかすめて一筋の鋭い斬撃が走った。

「っ……!」

頬に冷たい血の感触を感じ、美鈴は反射的に飛び退く。





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