• テキストサイズ

【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜





「変わったよね〜美鈴姉」

「というか主役がここに居ていいの?」

美鈴は柚鈴の頬をペチンと軽くはたいて、肩越しに座敷の奥をちらりと見る。
柚鈴は頬を抑え、わざと大げさに『いてて』と言いながらも、すぐに手を腰に当ててふてぶてしく笑った。

「いいのいいの、ずっと作り笑顔してたら顔が疲れた。まったく、大人達の愛想笑いほど疲れるものは無いね」

障子の奥では、分家の誰かの甲高い笑い声が遠く聞こえた。
美鈴は小さく肩をすくめ、ため息をひとつ吐く。
今日は柚鈴の誕生日会。
私がのときは見向きもしないくせに、優秀な柚鈴だけはこうして親戚を集めて盛大にやるのがお決まりだった。

「‥‥美鈴姉、これでいいの?」

「『羊』が解散してから2年が経った。中原中也がいる場所くらい分かるでしょ、会いに行かないの?」

柚鈴は声を落として、美鈴の袖をそっとつまんだ。
美鈴は手のひらで柚鈴の頭をぽん、と叩く。

「‥‥行ける訳がない。私は何にも知らずに仲間に背後から襲われて気絶してたのよ、今の私が行っても役に立てないわ」

指先で袖の端をぎゅっと握る。
美鈴の瞳がふと揺れて、柚鈴を見ずに畳を見つめた。

「でもこの2年間、私はずっと美鈴姉が頑張って修行しているところを見てたよ、確実に成長してるじゃん」

柚鈴は笑って、つまんだ袖を放すと美鈴の肩をぽんぽんと叩いた。

「そうね、成長はしているかもね‥‥でもまだ足りないのよ」

美鈴は小さく鼻を鳴らし、柚鈴の頭をもう一度わしゃっと撫でた。

「あんたには関係ないわ、自分の目標に進んでいなさい」

柚鈴は頬を膨らませて笑い、くるっと踵を返して歩き出す。

「だよね〜〜言われなくとも頑張るよ!さーて、面倒くさい大人共の相手をして来ますか」

ぱたぱたと去っていく妹の背中を見送りながら、美鈴は自分の胸元をぎゅっと押さえた。

「‥‥ご主人に会いたいなぁ」

吐き出すように呟いた声は、誕生日会のざわめきに溶けて誰にも届かなかった。




/ 77ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp