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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第4章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽3〜






そして、私は中学を卒業して、高校入学が決まって、春休みに突入していた。


「ねぇ、聞いた?美鈴ちゃん‥‥中学を卒業したのに神社を継がないらしいわよ」

「当たり前よね、だって異能が‥‥ねぇ」

奥座敷の襖の陰で、着飾った親戚の女たちが扇子を口元に当てて小声で囁き合っていた。
遠慮のない笑い声と、砂糖菓子のように甘く尖った悪意が、部屋の奥に漂っている。
ふいに、畳を踏む小さな足音が静かに近づく。
襖がするりと横に滑り、影が差した。

「お話、楽しそうですね」

驚いたように振り返った女たちの前に、美鈴が立っていた。
普段は滅多に見せない冷たい笑みを口元に浮かべ、扇子を持つ女の手元を一瞥する。

「異能が……なんでしたっけ?」

美鈴はゆっくりと一歩、彼女たちに近づいた。
細い指先が着物の袖を滑り落ち、畳をなぞるように扇子を掴む。
女の手から扇子がひったくられ、パチンと小気味良い音を立てて閉じられた。

「私は……使い道のない桜の異能で結構です。ですがこの桜、枯れ木も一瞬で散らせますよ?」

美鈴の瞳がすっと細くなり、扇子を女の肩にそっと当てる。
おっとりした声色の奥に、低く冷えた刃が忍んでいた。

「神社を継がない私の噂話をするのは構いませんけど、私の前でお喋りをするなら、せめて覚悟は決めてくださいね。」

クイと扇子を女の顎先に持ち上げる。

「お口、締めないと……噂と一緒に−−−」

ふわりと、美鈴は小さく微笑んだ。

「……あなたの舌まで、散ってしまいますから」

親戚の女たちは固まったように声を失い、顔を引きつらせた。
美鈴はくすりと笑うと、扇子を返し、畳の上で振り返って裾を揺らす。

「……続きをどうぞ、ご自由に」

音もなく去っていく背中に女たちは誰一人、言葉を続けられなかった。

「今の悪役令嬢っぽくて良かったよ」

襖の影から、柚鈴がにゅっと顔を出した。
にんまりと笑って、美鈴の目の前に歩み寄る。

「いつだって舐められているだけの私だと思わないほうがいいわ、無駄に化粧したあのババア達」

美鈴は扇子を指先でくるりと回し、パチンと閉じて着物の袖に差し込んだ。
軽く顎を上げ、鼻で笑うように息を吐く。
柚鈴はそんな美鈴の正面に立つと、くすくす笑いながら頬を人差し指でつついた。




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