第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
その日は東雲家の屋敷で、年に一度の親戚の集まりが開かれていた。
本家、分家を問わず、遠縁の者まで集まるその日は、東雲家の格式と繋がりを誇示する大切な場でもあった。
東雲家は代々、政府御用達の一族として知られているらしい。
「ねえ、聞いた?柚鈴ちゃん、政府の戦闘部隊にスカウトされたんですって」
親戚の女が口元を手で覆って、小声で隣の人に囁く。
肩を寄せ合い、ちらりと周りを気にする。
「まだ小学生なのにすごいわよね、それに比べて姉の美鈴ちゃんは」
もう一人が口を塞いで笑い声を堪え、声を潜めながらも言葉の端々が壁越しに漏れ聞こえる。
「そういう話、一つも無いんですって、可哀想にねぇ」
くすりと笑う音がして、何かを指で弾く小さな音。
気まずい空気をごまかすように足先で床をとんとんと叩く気配。
「お母さんが天堂家の血筋なのに、光系統の異能を持って生まれたのは柚鈴ちゃんだけ」
笑い混じりの声がまるで爪先で心臓を引っかかれるみたいに美鈴の耳に刺さる。
「桜の異能?花咲かせて何になるの、使い道ないのに」
声を潜めているつもりなのだろうがかえって隠しきれない嘲りがはっきり聞こえる。
「姉なのに、妹の足元にも及ばないなんて恥ずかしいわね」
言葉の終わりに含んだ笑いが壁越しに生々しく胸にまとわりつく。
「家の顔に泥を塗ってるって分かってるのかしら」
誰かがクスクスと笑い合う気配。
衣擦れの音と小さな舌打ち。
廊下の隅に立つ美鈴の指先は、制服の裾を握りしめて震えている。
(気にしない、気にしない‥‥)
声をかければ振り返ってしまいそうな距離で、誰も彼女がそこにいることには気づかない。
ただ小さく息を詰めて、唇を噛み、俯く音だけが、静かに廊下に落ちていった。