第3章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽2〜
夏休みに入り、塾の夏期講習が始まった。
学校の宿題やら塾の宿題でしばらくの間、擂鉢街に足を運べなかった。
小耳に挟んだだけだが擂鉢街では抗争が起きているらしいという噂も流れてきた。
そしてそのまま、お盆になり、塾が長期休みに入ったタイミングで私は久しぶりに擂鉢街にある『羊』の拠点へと足を運んだ。
埃の匂いが染みついた扉を開けた瞬間、空気がいつもと違うのを肌で感じた。
中に入ると何人かのメンバーが集まっていて、重苦しい空気をまとっていた。
「ど、どうしたのみんな?」
美鈴は思わず足を止め、扉の前で小さく肩をすくめた。
視線が白瀬と目が合う。
白瀬は腕を組んだまま、じろりと鋭く睨んでくる。
「美鈴、お前も裏切るのか?」
その声に、美鈴はびくりと肩を揺らした。
ぎゅっと握った手が、小刻みに震える。
「裏切る?」
白瀬は低く吐き捨てるように言った。
「中也がポートマフィアの一員になった。マフィアの味方になって俺達の情報を漏洩するつもりだ。だから俺達は『GSS』と手を組むことにする」
「ご主人が裏切るなんてない!」
美鈴は拳を強く握りしめ、震えを抑えるように胸の前でぎゅっと抱えた。
「どうだか、お前は俺達と一緒に来てくれるよな?」
白瀬が一歩、美鈴の方へ踏み出してくる。
美鈴は後ずさりしそうになる足を踏ん張り、必死に睨み返した。
「ご主人の許可無しに勝手に変な組織と手を組んで、その組織を使ってご主人を陥れる人達と一緒に行く気は無い」
言い切った声が震えていたが、美鈴は必死に胸を張った。
(何が起きているのか分からないけどこのことをご主人に伝えないと!)
「残念だ。美鈴」
白瀬の低い声が耳に届くと同時に、背後で空気がかすかに動いた。
(しまった!)
美鈴が振り向く前に硬い衝撃が後頭部に走った。
世界がぐにゃりと歪み、視界がにじむ。
かろうじて伸ばした指先が虚空を掴み、声にならない息が喉で途切れた。
重力に引かれるように、意識はそこで暗く沈んだ。