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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第3章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽2〜








「まだ甘い」

玲夜は美鈴の腕を軽くいなし、背後に回り込んで肩を押さえつけた。
美鈴はそのまま地面に倒される。
手のひらが砂利に触れ、細かい痛みが伝わる。

「っ!」

美鈴は歯を食いしばり、すぐに体を起こして飛び退いた。
呼吸が乱れ、額にじわりと汗がにじむ。

「立て」

玲夜の声は低いが、どこか楽しげでもあった。
美鈴は息を整え、もう一度桜の手裏剣を抜く。
再び距離を詰め、今度はフェイントを混ぜて足払いを仕掛けた。
だが玲夜はわずかに片足を引き、結界内部の空気をわずかに絞る。
美鈴の動きが一瞬止まった隙に、玲夜の膝が軽く美鈴の腹に入った。

「くっ!」

吹き飛ばされるほどではないが、肺の奥の空気が抜ける。
美鈴は膝をつき、荒い息を吐きながら顔を上げた。
境内の端で弥生が小さく拍手をしている。

「ふふ、れー君ったら容赦ないんだから。」

玲夜は振り向かずに小さく鼻を鳴らした。
視線は、膝をついたまま立ち上がろうとする美鈴を真っ直ぐ捉えている。

「十分だ」

玲夜は結界を解いた。
空気が一気に軽くなり、夏の蝉の声が戻ってくる。
美鈴は大きく息を吸い込み、額の汗を手の甲で拭った。
玲夜は背を向け、鳥居の方へゆっくり歩き出した。

「でも、まだ足りない」

小さくそう言い残して、玲夜は振り返らずに歩き去った。
境内に残された美鈴は、痛む膝を押さえながら立ち上がり、そっと空を見上げた。

(まだ足りない……まだ……)

空に透ける夏の陽射しの中で、握った拳が小さく震えていた。




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