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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第3章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽2〜







翌日も、何事もなかったかのように美鈴は家に帰った。
制服のポケットには、まだ消えない港の潮風の匂いが残っていた。
玄関を開けるといつも通りのあたたかな灯りと、ご飯の匂いが迎えてくれた。
けれど、その空気がどこか重たいことに、美鈴はすぐに気がついた。

「た、ただいま……」

声をかけても、返事はない。
リビングの奥で両親と妹が揃って座っている。
弥生の目は伏せられ、柚鈴はどこか不安そうに膝の上で手を組んでいた。
玲夜だけが、冷たい視線を美鈴に向けていた。

「美鈴、試験期間でも無いのにこんな時間まで勉強する必要はあるのか?まだ中1だ。遊んでもいいんだぞ」

玲夜は腕を組んで、低く静かな声で問いかけた。

「べ、勉強しないとすぐに忘れて思い出すのに時間がかかるから‥‥」

美鈴は無意識に自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
声が小さくなり、視線が膝の上をさまよう。
玲夜は小さく息を吐き、組んでいた腕をほどいて指先でテーブルを軽く叩く。

「質問を変える。お前が言っている『勉強会』は本当にあるのか?」

美鈴の肩がピクリと揺れた。
視線を上げられずに、握りしめた手に爪が食い込む。

「‥‥」

リビングの空気が張り詰める。
柚鈴が不安げに『お姉ちゃん?』と小さく呟く。
玲夜はその声を振り払うように言葉を重ねた。

「学校に確認した。お前が言っていた『勉強会』なんて、どこにもなかったそうだ」

「美鈴、本当は何処に行っているの?」

弥生の問いと玲夜の視線が鋭く刺さる。
美鈴は唇を噛んで、テーブルの上に視線を落とした。

(珍しくお父さんが家にいると思ったらこういうことか)

汗ばむ掌を制服の裾でそっと拭う。
玲夜の瞳は動かない。
普段は家にいない玲夜は元猟犬として呼ばれればすぐ動く背中を思い出す。




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