第3章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽2〜
「ただいま〜〜〜」
玄関のドアを開けると、柔らかなリビングの灯りが漏れてきた。
美鈴がわざと明るい声を張ると、すぐに妹の柚鈴がぱっと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんお帰り!」
「お帰り、勉強会はどうだった?」
ダイニングの椅子に腰掛けていた弥生が微笑んで声をかける。
玲夜もスマホを脇に置き、視線を上げて美鈴を見た。
「分からないところを教えてくれてバッチリ理解出来たよ!」
美鈴は笑顔で鞄を抱えたまま頷いた。
言葉に少しも迷いはない。
何度も練習した嘘の返事だから。
「そうか、その調子で頑張るんだぞ」
「うん!」
美鈴はすぐにリビングの奥へと姿を消した。
階段を駆け上がる小さな足音が、静かな家の中に響く。
パタンと二階のドアが閉まったと同時に、リビングに残った空気が少し重たくなる
「変わったわね、あの子‥‥」
弥生がぽつりと呟いた。
玲夜は無言のまま眉間に皺を寄せる。
「やりたいことが見つかったんじゃない?じゃなきゃあんなに目が輝いてないよ」
柚鈴はまだ無邪気に笑っている。
弥生も小さく頷きかけたが、玲夜の低い声がそれを遮った。
「二人共、本当に美鈴が『勉強』をしに行っていると思うか?」
弥生と柚鈴の顔が同時に玲夜に向く。
玲夜は机の端に置いていた書類を指先で軽く叩きながら、ため息をついた。
「え?」
「お父さん、それってどういうこと?」
「学校に問い合わせていたんだ。テスト期間でもないのに毎日夕方まで勉強させるのはどうかと‥‥そしたら、学校側は『勉強会なんてやってない』と返答が来た」
弥生の顔が一瞬で曇り、言葉を失ったように玲夜を見る。
「つまり、お姉ちゃんは−−−」
玲夜は厳しい目で階段の方を見上げた。
「嘘をついているってことになるわね」
リビングに置き去りにされた温かい灯りが、どこかひどく冷たく感じられた。