第3章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽2〜
「今日はこのくらいにして、もう帰れ」
(あ、もうそんな時間か)
手のひらに残る擦り傷がじんじんと痛むけれど、その痛みすら誇らしく思えた。
学校と『羊』の拠点を行き来する毎日は大変だった。
放課後のチャイムと同時に教科書を鞄に詰め込んで、家に帰るふりをして港へ向かう。
制服のまま、体術を叩き込まれる。
家には6時までに戻らないといけない。
お父さんの目は鋭いし、お母さんの問い詰めもある。
いつか全部バレるんじゃないかと、毎日心臓が冷たくなる。
それでも後悔はなかった。
「今日もありがとうございます!ご主人!」
「なぁ、手前が『羊』に入ってることを家族にはまだ言ってねぇのか?」
鋭い声だったが、その奥にわずかな心配が滲んでいるのを美鈴は知っていた。
「‥‥はい」
「手前の家庭環境は知らねぇが言っておいたほうがいいと思うぞ」
美鈴はポケットの中で拳を握りしめ、小さく首を振った。
「バレた時に言いますよ、それで反対されたら−−−」
一度だけ、目を伏せて深く息を吸う。
そして、すぐにまっすぐに中也を見た。
「私は全てを捨ててでもご主人の傍にいます」
中也は目を細めて、美鈴をじっと見た。
夜の港の明かりが二人の影を波に映している。
「そうかよ」
吐き捨てるように言ったその声は、どこか嬉しそうにも聞こえた。