第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
「あの!『ご主人』って呼んでもいいですか?」
不意を突かれた中也が、面倒くさそうに振り向いて眉をひそめる。
「は?別にいいが……」
呆れたように言いながらも、拒絶はしなかった。
それだけで美鈴の胸の奥が小さく熱くなる。
これが、私の最初で最後の恋だと思った。
人生で一度きりの恋。
誰にも知られなくてもいい。
誰にも理解されなくてもいい。
特別なものにしたくて、真っ先に思い浮かんだのは昔こっそり読んだ恋愛マンガの中の言葉だった。
「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
振り向いた美鈴の声に、中也はわずかに笑った。
「ああ、よろしくな……えっと……」
「あっ、東雲美鈴です!ご主人!」
息が白く夜気に溶ける。
その声に、中也は肩をすくめて歩き出した。
こうして、私は『羊』に所属することになった。
あの夜、森の奥で泣いていた自分とは、もう少し違う自分になれる気がした。
だけど、この時の私はまだ知らなかった。
これから、自分に何が待っているのかを。
どれだけの痛みと、どれだけの後悔と、どれだけの憧れを胸に刻むことになるのかを。