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【第二章】ヨコハマ事変篇 〜ひとしずくの願い〜

第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜







倉庫街の奥へと続く細い路地は、日が落ちてからはますます暗かった。
古い街灯がところどころでオレンジ色の光を落とすだけで、風が吹くたびにトタンの壁が軋む音がした。
美鈴は制服の裾を握りしめ、心臓が潰れそうになるのを何度も深呼吸で押さえながら歩いた。
地面を見つめては、ふと頭の中であの夜の声を思い出す。

『じっとしてろ』

低くて短いけれど、不思議と温かかった。
あの声にもう一度会いたくて、足は止まらなかった。
曲がり角を一つ抜けたときだった。
薄暗い路地の奥から、オレンジの髪がふわりと視界に入った。

「っ!」

美鈴は思わず立ち止まった。
目が合った。
月明かりの下で、中也が怪訝そうに眉をひそめた。

「なんだ、昨日の……」

声を聞くだけで胸がぎゅっと締めつけられる。
美鈴は咄嗟に一歩踏み出した。
逃げたら後悔する。
そんな気がした。

「中也さん!」

中也の瞳が少しだけ細まる。
その視線に喉がひりついたけれど、美鈴は足を止めずに中也の前に立った。

「あの……お願いがあって来ました!」

「ああ?」

コートのポケットに手を突っ込んだまま、中也が気だるそうに顎を引く。
無言のまま促すその仕草に息が詰まりそうになるのを必死に飲み込んだ。

「……私を……『羊』に入れてください!」

夜風が吹いて、美鈴の髪を揺らす。
言葉を吐き出した途端、心臓が耳の奥で跳ねた。
中也はわずかに目を見開き、それから面倒くさそうにため息を吐いた。




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