第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
(私には……何もなかった)
勉強も、運動神経も、妹みたいに政府に求められる素質もない。
あるのは咲いては散るだけの桜の異能と、何も言えずに笑われるだけの自分。
でも、中也は違った。
あの腕は強くて、言葉は少なくて、でも迷いがなくて。
あの背中には何も持っていない自分には絶対に届かないものがあった。
(私も……強くなれたら……)
もし強くなれたら、あの人の隣に立てるんじゃないか。
もうただ守られるだけの自分じゃなくて、あの人に恥ずかしくない自分になれるんじゃないか。
笑われてうつむくだけじゃなく、ちゃんと誰かを見返せる自分になれるんじゃないか。
(そうすれば……そばに居られる……)
ただ憧れているだけじゃだめだ。
恋だって、ただ想っているだけじゃ意味がない。
あの腕にもう一度抱き上げてもらいたいなら、自分の足で近づかなければいけない。
だから−−−行くしかない。
制服のポケットの中で震える手を、ぎゅっと握りしめる。
強くなれば、あの夜に戻れる気がした。
強くなれば、あの人の隣に立てる。
弱いままじゃ、また誰かの陰で泣くだけだ。
(だから、怖くない)
夜の港の冷たい風の中で、美鈴の胸の奥だけが熱を帯びていた。