第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
放課後、校舎を出た美鈴の背には、すっかり陽が傾きかけていた。
制服のまま、港へ向かうバスに乗る。
車窓に映る自分の顔は少し青ざめていたが、目だけは怯えていなかった。
(強くなれば……そばに居られる……)
昨日の腕の温もりが、まだ胸の奥に残っていた。
あの人の背中に、昨日みたいに何度だって掴まっていたい。
もう、誰にも笑われたくない。
何の役にも立たないなんて、言わせたくない。
バスを降りると、潮風が冷たく頬を撫でた。
古い倉庫街は日が落ちかけると、街灯もまばらで、遠くでカモメの声が響くだけだった。
小さな靴音がアスファルトに響く。
人気のない倉庫の間を抜けて、奥へ奥へと進む。
(ここに……いる……?)
中也の姿をを思い浮かべ、制服のポケットの中で震える手を握りしめた。
心臓の鼓動だけが、もう後戻りはできないと告げていた。
美鈴は倉庫街へ向かう途中、何度も足を止めそうになった。
制服のスカートが潮風に揺れるたびに、胸の奥の不安が小さく騒ぐ。
でも、その不安よりも強く胸を満たしていたのは、あの夜の記憶だった。
あのときの自分は、親戚の陰口に何も言い返せなくて、森の中で泣いて、ただ消えたかっただけの存在だった。
でも−−−あの人は、そんな自分を何のためらいもなく抱き上げてくれた。
『じっとしてろ』と一言だけ残して、当たり前のように高い場所へ連れて行った。
自分には怖くて踏み込めない場所へ、迷いもなく。