第2章 青の時代 〜忘れられないあの日の思い出 𝓟𝓪𝓻𝓽1〜
「昨日も街の不良まとめて叩き出したんだってさ、あのオレンジ頭のヤツだろ?」
「そうそう、めちゃくちゃ目立つし、誰も逆らえないって噂だぞ」
笑い混じりの会話は、まるで別の世界の話みたいに教室の空気に溶けていった。
けれど美鈴の心だけは、また昨日の夜の冷たい風の中に戻っていた。
(『羊』のリーダー……あの人が……)
美鈴は机の上のノートをそっと握りしめた。
窓の外の空はまだ朝の光で眩しいのに、胸の奥に宿った。
小さな熱だけが教室の中でひっそりと息をしていた。
美鈴は机の上のノートをそっと閉じると、意を決したように椅子を引いた。
教室のざわめきの中、心臓の音だけがひどく大きく響いている。
「ねぇ」
声をかけると男子生徒たちは振り向いて、一瞬きょとんとした顔をした。
「その話、中原中也さんのことを詳しく教えてくれない?」
美鈴の声はかすれていたが、瞳だけはどこか切実だった。
男子達は顔を見合わせて、からかうように笑う子もいれば、面白がって身を乗り出す子もいた。
「え、どうしたの東雲?怖いもの見たさ?」
「もしかして中也に惚れたのか?」
「いいから、教えて」
机の端をそっと握る指先に力がこもる。
冗談めいた声が続く中で、誰かが気を利かせて拠点の場所をぽろりと漏らした。
「まぁ、あいつら大体あの倉庫街だよ、港の奥の古い工場に集まってるって有名だしな」
「行くの?危ないぜ?本当にヤベー連中だからさ」
美鈴は小さく頭を下げて、『ありがとう』とだけ告げた。
男子生徒たちの背後で、昼休みのチャイムが鳴った。