第1章 序章
―夕霧家―
コンコンッ
「はい。」
?「花火?入りますよ?」
「お母さん。どうぞ」
ガチャ
母「あら、勉強中だったのね。」
ドアが開いた瞬間、お母さんがいつもつけている甘い香水の匂いがした。自分と同じ、長くて黒い髪に見るからに高そうなスーツを纏って礼儀正しくこちらに歩いてきた
「はい。今日は沢山課題が出たし、予習と復習もあるから。」
母「うん。偉いわ、その調子で沢山勉強して夕霧家にふさわしい人間になりなさい。」
母「あぁ、だけどやり過ぎは駄目よ。風邪を引いて学校を休んでは示しがつかないわ。」
「はい。(頭のできが悪くなると夕霧家の名に泥を塗ることになるからってだけのクセに…)」
母は私を完璧な人間に育てたがっている。私が夕霧家の長女で、後に父の仕事を手伝い、一家を引っ張っていく存在になるから。
?「姉さんー?入るよ?」
ガチャ
母「はぁ、どこに行っていたの?紅葉(もみじ)」
紅葉「うっ…!お母さん…。」
元気に声を上げて入ってきたのは私の妹である夕霧 紅葉。顔は私とそっくりだが、肩までしかない私の髪とは違って、紅葉は綺麗な黒髪を腰辺りまで伸ばしていた。
「紅葉、どうかした?」
紅葉「今から友達と遊びに行くんだけど、姉さんも行くかなって。」
「あ…えっと私は「だめよ…」…」
母「お姉ちゃんは今勉強中なの!紅葉、貴方と違ってこの子は将来絶対に成功しなくちゃいけない子なの…!友達と遊べるのは貴方だけ!」
紅葉「お母さん…そんな。でも…」
「良いんだよ、紅葉。行っておいで!」
紅葉「……ごめん。帰りにモンブラン買ってくるからさ」
「うん。ありがとう、!」
誘ったことに罪悪感を感じたのか、紅葉は俯いたまま部屋を後にした。紅葉は夕霧家のお嬢様という肩書を全く気にしていない様子で、友達も多くよく遊びに行っている。そんな紅葉がいつも羨ましいと思う。
母「じゃあ、花火。お母さんはリビングにいるから、勉強頑張ってね。」
「うん。分かってる。」
髪を揺らして去っていく母の後ろ姿をしばらく見つめた後、再度机に目を向けた。紅葉が大好物のモンブランを買ってきてくれるのだから、それを楽しみに待っていれば勉強も少しははかどるだろう。
そう自分に言い聞かせて、課題を終わらせるためにノートにペンを走らせた。