第8章 ・記憶
(……やはり、嘗ての死皇帝よりも遥かに強く、そして異質な存在であると言う事か……恐るべし、ロロノア・ゾロ……)
魔王にして七十二柱の一柱である『アスモデウス』も、この解析結果には目を丸くするばかり。
真魔界の北の山脈を守護する女王『スカディ』は、動揺の色を隠す事が出来ずにいる。
魔王族達のざわめきは止まらない。
だが、その上座の横に座しているゾロは、その目を閉じたまま、微動だにしなかった。
恐怖も驚愕も歓喜さえも纏わず、まるで全てを知った上で、ここに存在しているかの様である。
その静けさは、魔王達の胸に、より深い畏怖を刻んだ。
そんな中、相変わらず落ち着かない円卓から、一柱の魔王が挙手し、ルシファーに質問をぶつけた。
「大魔王閣下、一つお伺いしても宜しいか?」
その声の主は『バエル』であった。
人間の中年男性の姿を取っているが、それは仮の姿。
本来は猫、王冠を被った人間、ヒキガエルの頭に蜘蛛の体を持った、異形の姿の魔王である。
魔神七十二柱、序列は一番目。
六十六の軍団を率いている、大いなる魔界の王。
「魔王バエル、発言をどうぞ」
ルシファーの爽やかな返答に、バエルは頭を下げ、質問をする。
「素朴な疑問で申し訳ありませんが……ロロノア・ゾロの左眼についてお伺い致します。彼は何故、左眼の再生手術を受けなかったのですか?我等、魔神族の科学技術、医療技術は、この二年でニンゲンのそれを遥かに超えました……完全に元に戻ると思われますが……」
バエルの疑問に、他の仲魔達の中にも頷いている者がいる。
その様子に、ゾロは思わず不敵な笑みを見せた。
ルシファーは、ゾロに言う。
「ゾロ、君自身の事だ……君が返答するといいよ」
「ああ……」
ゾロはルシファーから視線をバエルに移すと、しっかりとした声色で、その理由を語り始めた。
「治さねえ理由は、簡単だ……魔王のあんたなら判るだろうが……両目で見た時と、片目で見た時の感覚や視界は、まるで違うんだよ」
ゾロは左目の傷を、右の人差し指で軽く掻く。
「左目が見えねえと、左の視界が欠ける。死角は増えるし、距離感もズレる。最初は刀を振るのも妙な感じでな……慣れるまで、一月半は掛かった」
「なんと……お主でも、感覚に慣れるまでそんなに掛かったのか」