第6章 また明日
森の中、脳無の巨大な体が唸り声をあげて揺れていた。
私の放った炎も、風の刃も、まるで効いている気配はない。
『……こんなの、埒があかない……!』
それでも、逃げるわけにはいかない。
足がすくみそうになる心を叱って、地面に手をつく。
深く息を吸い込むと、私のまわりに土がうねり、盾のような壁が立ち上がった。
その瞬間、脳無の腕が叩きつけられ、轟音が鳴り響いた。
土壁越しでも、全身が揺さぶられる。
『これで、少しでも……』
土の壁の裏で、私は風と炎を重ねて打ち出した。
だけど、びくともしない……。
(くやしい……)
熱と悔しさで、喉の奥が痛む。
そのときだった。
視線の端――
瓦礫の中で膝をつき、動かない相澤先生の姿が見えた。
(先生……っ!)
そのすぐ近くには、黒服の男がゆっくりと歩み寄っている。
冷たい、狙い定めた目で。
『やめて……っ!!』
私の叫びと同時に、地鳴りのような轟音が響いた。
そして、まばゆい光。
「来たぞ――私が来た!!」
その声が響いた瞬間、空気が変わった。
世界が、希望で塗り替えられる。
オールマイト――
ナンバーワンヒーローが、私たちのもとに現れた。
「よく耐えたな! 君の戦いは無駄じゃない!」
鋭い目で戦況を見渡した彼は、傷ついた先生のもとへと駆け寄る。
そして、私の方をまっすぐに見て、短く言った。
「君が運べ。信じてる」
『……えっ』
思わず息が止まった。
でも、その声は、迷いなんて一片もなかった。
私は、震える手で先生の腕をそっと抱える。
脳裏に焼きついたのは、訓練で何度も見てきた仲間の姿、
そして倒れた先生の、あの日の優しい言葉だった。
『……任せてください』
私はそっと目を閉じ、胸の奥にある“風”に触れた。
すると、ふわりと背中に、柔らかな気配が広がる。
音もなく広がる透明な翼――それは確かに、私だけの力。
先生の身体をしっかりと抱きしめ、地面を蹴る。
風が巻き起こり、舞い上がる。
空の上から振り返った一瞬、オールマイトと目が合った。
彼は、うなずいて笑っていた。
まるで「任せた」と言ってくれているようで――
胸の奥が、熱くなった。
『絶対に、安全な場所まで連れて行く。だから……絶対に、生きてて……先生』
私の背に風が吹く。
願いを乗せて、私はその空を翔けた。