第21章 君に贈る、ひとときの奇跡
「──ご苦労、ホークスくん。君は下がりたまえ」
リ・デストロは椅子に深く腰掛けたまま、微動だにせずそう告げた。
「了解っす。じゃ、また情報が溜まったら連絡するんで」
軽い口調のまま、ホークスは踵を返す。
その姿が扉のほうへと遠ざかっていく。
──けれど、出ていく直前。
彼の視線が、ふいにこちらを掠めた。
その目線に、反射的に目をそらす。
ほんの一瞬、心が揺れたけれど、感情を押し込めるようにして堪えた。
ここは、情を交わす場所じゃない。
あの人も、きっとそれを分かっている。
扉が閉まる音が静かに響き、彼の気配が完全に会議室から消える。
次の瞬間──空気ががらりと変わった。
「──さて」
トランペットが端末を操作し、ホログラムの地図が浮かび上がる。
「ヒーロー社会の情報を繋ぎ合わせた結果、防衛網にはいくつかの“脆い箇所”があることがわかった。
そこを狙えば、社会の根幹は驚くほどあっさり崩れる」
「この国は、形ばかりのヒーローで保たれている。
だが、それも限界だ」
スケプティックが続けるように言葉を足す。
リ・デストロが静かに拳を握った。
「我々の進軍は4ヶ月後。
秩序の名のもとに支配してきたこの体制を、徹底的に壊す」
「“すべて”をだ──」
会議室にいた全員の視線が、自然とその一点に集まる。
私も、息を呑んでいた。
(……これが、彼らの“本当の目的”──)
ただの破壊衝動じゃない。
そこにあるのは、歪な理想と確かな意志。
「そのための準備を、各自進めてもらう」
「死柄木弔を中心に据えた、“新時代”の構築のために──」
場に静かな頷きが広がった。
荼毘が片手をポケットに突っ込んだまま、面倒そうに立ち上がる。
「どうせやるなら、派手にいこうぜ。
全部ぶっ壊して……焼き尽くす。
中途半端じゃ、おもしろくねぇからな」
何人かが薄く笑い、沈黙のなかで同意が重なる。
彼らの顔は、どこまでも真剣で。
その瞳には、信じるものが宿っていた。
それが、たとえ歪んでいても──
(壊される…あの場所も。あの人たちも──)
(私が、本当に守りたかった世界が、巻き込まれる)
爪が、ほんの少しだけ掌に食い込んだ。
目を伏せたまま、心の奥で小さく呟く。
(……それだけは、許せない)