第5章 交わる唇、揺れる想い
数日が経っても、あの時のことはふいに耳に飛び込んできた。
廊下や教室のざわめきの中で、誰かの声が聞こえる。
「なんかさー、星野さんと爆豪くんってさ……最近近くない?」
「てかさ、あれマジなの?食堂でキスしたってやつ……」
「え!?マジ!?うっそ、誰情報!?」
「峰田が言ってた。本人は“妄想力が冴えてるだけ”とか言ってたけど……」
(――噂になってる……やっぱり、あのときのことは、隠しきれないんだ)
私はいつものように席につきながら、聞こえる声に小さくため息を漏らした。
爆豪くんはというと、まったく気にしてない様子で前を向いて座っている。
その姿が余計に周りの憶測を呼んでいるみたいで、心がざわつく。
「爆豪くん、なんか最近落ち着いてない?」
「わかる。あの二人……ありえるのかなぁ?」
(違う。あれは事故……だと思うし……)
でも、どこかであの“ほんの少し特別だった瞬間”が頭をよぎる。
ただ触れただけなのに、胸がこんなにぎゅっとなるなんて、馬鹿みたいだ。
そんなざわめきの中、教室の隅っこ、窓際に座る轟くんが静かに目を伏せていた。
誰よりも冷静で無表情な彼の横顔は、いつもより少しだけ陰を帯びて見える。
「……くだらない噂だ」
彼は小さく、誰にも聞かれないような声で呟いた。
そして、拳をぎゅっと握りしめて、ただじっと前を見つめていた。