第19章 交差する影、歪む真実
想花side
微かな薬品の匂いが鼻先に残る、静かな自室。
ゆっくりと瞼を開けた瞬間、視界に映る天井に一瞬だけ混乱する。
(……ここは……)
頭の奥が少しぼんやりしていて――けれど、先程の出来事だけは、はっきりと胸に残っていた。
取り乱して、涙も声も止まらなくて――
ぼんやりとした意識の中、あの戦いのことを思い出そうとした瞬間――
胸がぎゅっと締めつけられた。
(啓悟……彼は、無事……?)
その一念だけで、身体が勝手に動いた。
反射的にベッドから跳ね起きようとした瞬間――
「……起きたか」
背後から落ち着いた低音が聞こえる。
振り返ると、壁に背を預けるように立つ、相澤先生の姿があった。
思わず言葉がこぼれる。
『……先生……啓悟は……ホークスは……っ』
言っているそばから、声が震えた。
信じたかったはずなのに、不安が先に胸を締める。
彼の無事を“自分の目で”確かめられないことが、こんなにも怖いなんて。
そんな私に、先生は静かに答えた。
「ホークスは無事だ。大きな怪我もない。
……エンデヴァーも、もう癒えたと聞いている」
その言葉に、肺に張りついていた空気がやっと抜けて、
全身の強張りがすこしだけ、ほどけていった。
『……よかった……』
だけど胸の奥――そこに残る痛みは、消えてくれなかった。
先生は視線を逸らさず、ひとつだけ付け加える。
「さっき、携帯が鳴っていた。……どうせ、奴からだろう。返事しておけ」
そう言って、背を向けると、足音も立てずに部屋を後にした。
静かに閉じられたドアを見つめながら、私はぽつりと呟いた。
『……先生……ありがとうございます…』
あの瞬間、走り出していたかもしれない。
でも――
それは彼を信じていないってことになる、って思った。
信じたかった。
彼の強さも、彼の言葉も。
でも、どうしようもなく心配で、足が動きそうになった自分が悔しかった。
『………ほんとうに、止めてくれてありがとう……』
心の奥で、痛みと後悔と――それでも確かに、想いがあった。
そして今、胸の奥にひとつだけ誓う。
次は、信じ切れるように。
どんな暗闇の中でも、彼の背中を、見失わないように。
携帯の画面を見つめながら、
私はゆっくりと、深く息を吸った。