第5章 交わる唇、揺れる想い
翌朝の教室は、いつも通りのにぎやかな空気に包まれていた。
廊下の向こうからは男子たちの騒がしい声が聞こえてきて、学校の朝の慌ただしさが広がっている。
けれど——。
『おはよ、轟くん』
「……ああ、おはよう」
昨日と変わらないはずの挨拶だったのに、どこか少し違う。
返ってくる声が、ほんの少しだけ優しくて、視線が一瞬だけ長く絡んだ。
隣を通り過ぎるときには、肩が触れるくらいの近さなのに、彼はすっとよけなかった。
そんな細かな違いに、私の胸が小さくざわつく。
「……ふーん?」
斜め前の席でプリントを広げていた梅雨ちゃんが、ふいにこちらを見た。
その目はまっすぐで、何かを見透かすように鋭い。
『え? なに?』
「……星野さんと轟くん、なんか空気が違う感じがしただけよ」
「昨日までは、もうちょっと“無風”だったもの」
『ぶ、無風……って?』
「今日のふたりは、ちょっとあったかい風が吹いてる感じ」
小首をかしげる梅雨ちゃんは、まるで特に意味はないよ、とでも言いたげに自然に話す。
でもその横顔には、確かに“察している”表情があった。
私は慌てて目をそらして、うつむきながら小さく呟く。
『……バレたかな』
「ふふっ、私はカエルだから。五感は鋭いのよ」
ウインクを混ぜた冗談に、思わず小さく笑ってしまった。
そのとき、隣の席の轟くんがちらりとこちらを見た。
気づかないふりをして視線をそらしたけれど、確かに彼の瞳も——
昨日とは違って、ほんの少しだけ優しく温かく見えた。