• テキストサイズ

【ヒロアカ】re:Hero

第17章 死穢と光の狭間で



静かに私の頬から手を離した彼は、しばらく黙っていた。

息を整えるようにゆっくりと視線を落とし、そして――


「……あの時の約束だ」

低く掠れた声が、確かに届く。


「そいつを、外してやる」


彼の視線は、私の胸元へと向けられていた。

洋服の下、心臓の近く。公安に埋め込まれた、小さな追跡装置。


私は――そっと首を横に振った。


『……いいの。』

『これがないと……私の、一番大切な人が守れないから』


それは、誰のことかなんて、彼にはきっとわかっていた。

だけど彼は、何も言わなかった。

ただ――ぎゅっと、拳を握る。

崩れた地面に突き立てられたその手は、どこか悔しげに震えていた。


『……その代わりに、治崎』

『あなたは、ここから逃げずに……罪を償って』


言葉を紡ぎながら、私の中で何かが静かに決まっていく。


『そして――壊理ちゃんに、ちゃんと謝ってあげて』


彼の目が、わずかに揺れた。

 

『……あなたの“娘”じゃなくても』

『あの子は、あなたの“大切な人の孫”でしょ?』

 

それだけを言い終えると、私はもう何も言わなかった。

沈黙が、ふたりを包む。

だけどその空気はもう、かつてのように殺伐としたものではなかった。

『……それじゃ、そろそろ行くね』

 

私はそっと声をかけ、治崎のそばから立ち上がる。

背を向けかけた、そのときだった。


「……待て」


不意に、手を掴まれる。

振り返る間もなく、そっと引き寄せられた。


『……っ』


胸元に触れたそのぬくもりに、一瞬、息が止まる。

抵抗するわけでもなく、ただ戸惑いのまま動けないでいると、


「……また、どこかで会おう」


その声は、どこまでも静かで、優しかった。

次の瞬間――

そっと、唇に触れるやわらかな温度。

軽く、ほんの一瞬だけ。

でも確かに、そこには迷いも、躊躇もなかった。

 

目を見開いた私の前で、

彼は――

 

はじめて、笑った。

淡くて、儚くて、それでも確かに“人”の顔をしていた。

あの治崎廻が、私に向けた、ほんとうの微笑み。

 

忘れられない、静かな夜だった。
/ 664ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp