第12章 あの日の夜に、心が還る
『──あっ、見えてきた!』
木々の隙間の先に、朱色の屋根と広いウッドデッキ。
まるで森にぽつんと浮かぶように、合宿所が姿を現した。
「わっ……!ほんとに、もう着いちゃったの……!?」
「え、ウソでしょ、まだ出発してから1時間も経ってないじゃん……!」
背中にぴったりくっついたお茶子ちゃんと三奈ちゃんが、ぽかんと口を開けてるのがわかる。
それもそのはず。プッシーキャッツが「ここから合宿所までは3時間です!」って豪快に宣言してたのを、私たちは“飛んで”あっさり突破してしまったんだから。
『うん。たぶん……最速コースで来ちゃった、かも?』
空からふわりと降りるように、私たちは合宿所の前の広場に着地した。
羽ばたきが止むと、しん……と辺りが静まり返る。
──すぐに、ウッドデッキのドアが開いた。
「はやっ!」
マンダレイさんの声が、静かにこぼれた。
「えっ!?もしかして、もう到着? ……ちょ、あなたたちすごくない!?」
ピクシーボブさんがぴょんと飛び出して、目をまん丸にしている。
「えぇ……これは、想定外…」
ラグドールさんはなぜかデッキの柱に隠れていて、こっちを覗き込んでいた。
『えっと……こんにちは、ただいま戻りました……?』
私がそっとそう言うと、後ろのお茶子ちゃんと三奈ちゃんもそそくさと頭を下げる。
そのとき、玄関の奥から黒いシルエットがひとつ現れた。
──相澤先生だった。
「……まあ、お前がいれば、そうなるな」
言葉はぶっきらぼうだけど、その目はどこか呆れたようで、でもちゃんと見てくれていた。
『あの、先生……飛んできちゃって、反則…ですかね?』
「お前の個性なんだ、反則にはならない」
たったそれだけ。だけど、それだけでホッとした。
先生は私の翼を見て、それからお茶子ちゃんと三奈ちゃんに目をやると、静かにうなずいた。
「他の奴らは……まあ、そのうち泣きながら来るだろ」
「泣いてはないでしょ〜〜〜!」とピクシーボブさんが突っ込む横で、私たちはちょっと照れながら顔を見合わせた。
──まだ誰もいない静かな合宿所。
でも、ここから始まるんだと思った。夏の、特訓の数日間が。
『みんな、大丈夫かな……』
そうつぶやいた私の言葉に、お茶子ちゃんが笑ってうなずく。
──まだ静かな午後の合宿所に、
私たちの夏が、そっと始まりを告げた。
