第10章 翼の約束
パトロールの帰り道、通信機から小さな音が鳴った。
『はい、ウィルフォースです』
《おつかれ。……今、どこ?》
その声に、ふっと息がこぼれる。
聞き慣れた、けれど胸の奥をくすぐるような、低く優しい響き。
『商店街の裏あたりです。戻りますか?』
《ううん、いい場所にいるじゃん。そっちに行く》
『……ホークス?』
通信はそれきり切れた。
数分も経たないうちに、空から赤い羽根が舞い落ちてくる。
続けて──
「ウィルフォース、ちょっと時間ある?」
ふわりと降り立った彼が、いつもの気怠げな笑みを浮かべていた。
『はい。何かあったんですか?』
「うん、ちょっとした依頼。……強盗の情報が入ったんだ」
彼の目が一瞬だけ鋭くなる。
さっきまでの柔らかさとは打って変わって、プロヒーローの顔。
「武装してて、逃走中。警察の追跡は撒いて、今は居場所を絞り込み中ってとこ」
『……現場は?』
「たぶんこの先の倉庫街。急行しようと思ってるけど──」
そこで、ホークスはふっと小さく笑った。
「一緒に来てくれる?」
ただの確認のようでいて、どこかそれ以上の意味を含んでいた。
任務の誘い。でも、どこか特別な“信頼”が滲んで聞こえる。
『もちろん、行きます』
即答する私に、彼は満足げに目を細めた。
「……頼もしいな。さすが、俺の相棒候補」
冗談めいた口調。
でもその目だけは、冗談なんかじゃなかった。
その瞳に映る自分が、ほんの少しだけ誇らしく感じた。
ホークスはふわりと翼を広げて、片手を私に差し出した。
「行こうか。……手、貸すよ」
『……私、飛べますよ?』
少し首を傾げてそう言うと、彼はくすっと笑った。
「わかってる。知ってる。でも、任務前に一度、呼吸を合わせときたいだけ」
『呼吸……?』
「そ。連携って、心の距離から始まると思ってるんだよね、俺は」
そう言いながら、いたずらっぽく片目をつむる。
「……それに、たまには俺にも頼らせてよ。ウィルフォース」
彼の手が、ほんの少しだけ強くなる。
そのぬくもりに、一瞬だけ胸がざわついたけど──
『……じゃあ、少しだけ』
私もそっと指を重ねた。
夕焼けの空へ、手を繋いだまま、ふたりで飛び立つ。
それはまるで、任務という名のドラマの、最初のページみたいで。