第9章 名前に込めた想い
カップを口元に運びながら、彼がぽつりと漏らしたその言葉。
あまりにもさりげなくて、けれど、胸の奥にぽたりと落ちるようだった。
そんな穏やかな空気の中――
「……ひとつ、聞いてもいいか?」
ふいに轟くんの声が変わった。
紅茶の湯気の向こう、ほんの少しだけ揺れた瞳が、私をまっすぐに見つめてくる。
『……うん、なに?』
「おまえと…爆豪。体育祭のあと、名前で呼び合うようになっただろ」
一瞬で、喉の奥がきゅっと詰まる。
「俺、それを見たとき……少しだけ、驚いた。
爆豪が人にああいう態度をとるの、あまり見たことねぇから」
『……』
「それに……最近、ふたりが話してるのを見かけると、俺、なんていうか……」
言葉を探しているみたいだった。
真剣な顔で、でも不器用に、何かを確かめるように。
「……おまえら、付き合ってるのか?」
その言葉が落ちた瞬間、空気がすうっと静かになった気がした。
『……えっ』
驚いたまま、思わず紅茶のカップを持ち直す。
付き合ってる……。
そんな風に見えてたんだ。
たしかに、あの日から「勝己」って呼ぶようになって、
彼もなんだか変わった。
でもそれは――
『ち、違うよ。そういうんじゃないの』
慌てて首を振ると、轟くんが少しだけ、息をついた。
「……そう、か」
『あの日、色々あって……でも、それだけだよ。呼び方が変わっただけで、付き合ってるとか、そういうのじゃないから』
きちんと目を見てそう言うと、彼はほんの少し、肩の力を抜いたように見えた。
「ごめん。……変なこと聞いたな」
『ううん、大丈夫。でも……なんで急に?』
私が聞くと、轟くんは黙ったままカップに目を落とし、
そして、ぽつりと呟くように言った。
「……ずっと、聞いてみたかったんだ。なんとなく、ずっと」
その声が、少しだけ寂しそうで。
それが、胸に触れた気がした。