第2章 これが“ヒーロー”だって言うなら
は、小さな部屋の片隅にいた。
白い壁、小さな窓、ベッドと机だけの空間。
それは、個性特異者のために用意された仮の保護施設だった。
食事は三度、静かに運ばれてくる。誰も話しかけてはこない。
けれど、誰も傷つけてはこない。
最初の数日は眠れなかった。
毛布の感触に、戸惑った。
けれど一週間が過ぎた頃、彼女はようやく“朝”に目を覚ますようになった。
仮登録の身元書類を前に、少女は黙ってペンを握っていた。
「名前」の欄だけが、まだ空白のまま。
相「……名前は覚えてるんだろ。」
不意に背後から声がかかった。振り返ると、相澤がドアにもたれかかるように立っていた。
は小さく首を縦に振る。
「……うん。でも、名字が分からない」
相澤は部屋に入り、机の前まで歩み寄る。
相「なら自分でつけてみろ。ここから先のことを、お前が決めるなら、名前もその一つだ」
はしばらく黙った。
そしてゆっくり、ペンを走らせる前に、言った。
「……“繋原”…“繋原”って、どうかな」
相澤は眉をひそめず、ただ待っていた。
「壊れても、つなぎ直せる“繋”。ここが、始まりだと思いたいから“原”にして、分解でバラバラに出来るから、読みは"バラ"。"繋原(ツナバラ)”」
その言葉に、相澤は一拍置いて、頷いた。
相「悪くない。名乗るなら、それがお前の“名”だ」
は少しだけ目を見開き、それから静かに頷いた。
カチリ、とペンの音が鳴る。
書類の空白に、一文字ずつ、自分の名前を記していった。
これは、自分で選んだ“最初の言葉”だった。
相「2週間後にはここを出て、雄英の寮に行くことになるから、準備しておけ」
そう言って相澤はに紙を手渡した。
「…うん、分かった」
相「その頃また来る。またな」
は頷いて、相澤の背中を見送った。