第1章 「スコールの下、君がいた」
昼下がり。梅雨の名残か、どこか不安定な空だった。
突然のスコールに打たれて、私は近くの店の軒下に駆け込んだ。
服はすでに全身びしょ濡れで、髪からは水滴がぽたぽたと落ちている。足元は冷たく、湿ったスニーカーの感触が気持ち悪かった。
私は少し苛立ちながら、ポケットからタバコを取り出した。
濡れた前髪をかき上げ、湿気に包まれた空気を煩わしく思いながら、「……はぁ」と息をこぼした。 タバコを取り出す手が濡れていたので、ポケットに突っ込んでいた片手を引き抜いた後、とりあえずのつもりでシャツの裾に軽く擦りつけて水気を払った。
意味はないとわかっていながら、どうにもならないその感覚に、またひとつ「……はぁ…」とため息が漏れた。深く吸い込んで、吐き出した煙と一緒に、肌にまとわりつく湿気と気分の悪さが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
……その時、走って軒下に駆け込んで来た男がいた。
彼もまた全身ぐっしょりで、私よりもずぶ濡れだった。 髪は額に張りつき、服からは水が滴っている。
「いやぁ……かなわんなぁ……雨、凄い降ってますね。」
と、ふいに聞こえてきた、関西弁訛りの柔らかく少し低めの男の声。
視線を上げると、私の隣に同じくずぶ濡れの男が立っていた。パーカーの袖から水が滴り落ちていて、髪も額に張りついている。なのに、その人はどこか照れたように、柔らかい笑顔を浮かべていた。
私は、初対面の人と話すのが少し苦手な方だったので、「……そうですね。」と少しぶっきらぼうに答え、またタバコを吹かした。
――なんで話しかけてくるの?
そう思ったはずなのに、ちらりと横目で覗いたその横顔の美しさに、不覚にも心臓が跳ねた。雨に濡れた睫毛、きれいな鼻筋、そして少し大きい口元の微笑みが、静かに胸を打った。
視線に気づいたのか、その男…
———彼がこちらを振り返る。
「……どないしました?」
その声が、また良かった。穏やかで、耳に残る。心に響く声。気づいた時には、思わず口にしていた。
「……声、いいですね」
言ってしまった――そう思った瞬間、顔が熱くなるのがわかった。