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ラストラインを越えて

第29章 燃焼


疲労があるものの、軽めの足取りで控え室に入る。
一足早く戻った神座に出迎えられ、ホマレは嬉しげに駆け寄った。
『トレーナー!見てた!?』
ホマレは開口一番そう訊き、神座の反応を窺う。
粗削りながら、意識的に自身の限界を突破するようなラストスパートができた。
「ええ。見ていましたが、また最後の直線の走り方が荒くなっていましたね」
『でも、すごかったよねっ?』
「……それはそうですが。フォームや脚捌きが乱れた分、力が逃げて無駄にエネルギーを消耗したでしょう」
『えー……まあ、たぶん』
神座の言う通り、不安定で効率の悪い走り方ではあった。
未知の加速に対する意見は称賛や疑問ではなく、完成度の低さについての指摘だった。
『また指導ある?』
「当然です。前回のレース後に改善させたことを今回も繰り返したんですから」
目黒記念でも妙な加速をして、その後日に指導が入った。
スパートの掛け方に知略的なものが窺えない。体に無理を強いて強引に速度を捻出するような走りはやめろ。
そう注意を受けながら矯正され、以降の練習のときは大人しく教えられた通りに走っていた。
『ごめんなさーいっ』
反省よりも高揚が上回っているホマレは明るい調子で返事をしながら、タオルで乾きかけの汗を拭った。
『……』
去年の勝負服の試走にファン感謝祭での二人三脚、そして目黒記念。
神座の存在を意識する度、鼓動は高鳴り体の芯は燃えるように熱くなる。
それが走る力に繋がるという確信を、今日の天皇賞で得た。
『(たとえ一瞬だけでも、私は速くなれる。このやり方を上手くを利用できれば……きっといけるはず)』
神座曰く"制御できていない"この走りで、誰よりも速くゴール板を駆け抜けたら……才能も実力も運もねじ伏せて1着が取れたら。
予測も分析も意味のないものにできる。
神座をほんの少しでも退屈から遠ざけることができるはず。
『……トレーナー、お願いがあるんだけど』
冷静な横顔を見ながら、ホマレは少し改まった姿勢で話しかける。
「何でしょう」
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