第26章 号外
『……そもそも神座トレーナーって何でトレーナーになろうと思ったの? ウマ娘のトレーナーじゃなくても、どこででもやっていけそうな感じなのに』
この2年間ホマレが見てきた限り神座に出来なかったことなんて、ウマ娘の速度で走れないことと重たすぎる物が持てないことくらいだった。
それ以外であれば大体どんな分野でも最前線でやっていけそうなスペックをしている。
『何だってできるなら何にだってなれるじゃん。なんだか、もったいない』
「もったいない、ですか。……そう思える程度が一番幸せなのかもしれませんね」
ホームへ続くエスカレーターに乗りながら神座が答える。
「なんであれ、僕は自分の意思でウマ娘のトレーナーになりました。僕の才能の使い道についてあなたが意見することは何もありません」
『…………』
小さく息を吸い込んで、ホマレは手すりに視線を落とした。
後悔してない。自分の意思。
そんな言葉を聞いても神座に対する後ろめたさを拭えなかった。
神座が欲しているであろうものを、まだ一度も渡せていない。
『私、出来ないことばっかだから退屈とかつまんないとかは暇なときくらいしか感じないよ』
尻尾を足元で小さく揺らしながら、ホマレが呟くように言った。
『だからトレーナーの気持ちはよく分かんないけど……でも、トレーナーもびっくりするような走りができたらなって思ってる』
エスカレーターの上昇が終わり、2人はステップから降りて前へ進む。
所々濡れたコンクリートと点字ブロックを見つめながらホマレが続けた。
『昨日のレースでそのヒントを掴んだ気がするんだ。ウマ娘のトレーナーになってよかった、私を選んでよかったって思ってほしいから……期待してて』
ホームに風が吹き抜け、電車の到着を告げる音が響く。
神座は何も言わず、ただ静かに傘を持ち直した。