第25章 高鳴り

坂の角度がわずかに深まる。
芝の水分を弾きながら、ホマレは脚を抜くテンポをさらに速めた。
踏み込みの密度を上げたまま、滑らせるように下りの重力を推進に変えていく。
『(まだ。まだ抑えて……)』
向こう正面の下りを抜ける瞬間、身体の重心をほんの少し前に倒し、遠心力の掛かり始めるカーブに合わせて呼吸を整える。
坂を下り切った勢いのまま、ホマレは身体を左へ傾け、外脚で遠心力を受け止めた。
前回は外が塞がれて内ラチを行くことになったけれど、今回は大丈夫そうだ。
バ群の外を滑らかに進出し、中団外から前を伺う位置につく。
『(残り800m。もうすぐ他のコたちも動き出す頃だ)』
ピッチの回転を崩さず、わずかにストライドを広げて上り坂へ備えた。
雨を含んだ芝が蹄鉄を叩き込むたびに重い音が響く。
コーナーを進む流れで、荒れた内側を避け外側に張り出すウマ娘が増え、バ群が少しずつ横に広がっていった。
『(また外が壁みたいになってる……早めに出といてよかった)』
そう毎度内ラチに勝負を賭けるわけにはいかない。
ホマレは息を入れ直しながら徐々に歩幅を伸ばしていく。
先行勢が失速してきているのか、前が詰まりはじめた。
湿った空気が熱を帯び、呼吸のたびに肺が重く感じる。
やや外に膨れつつ、ホマレは下りで得た勢いで加速しながらコーナーの出口へ向かった。
段々と視界が開けてくる。
『(ここから上り坂だ。今回こそは坂の終わりまで持たせなきゃ……！)』
残り400メートル。
坂の入口で一歩踏み込んだ瞬間、脚が沈んだ。
ただでさえ脚を奪ってくる坂が稍重のせいでさらに走り心地を悪くしていた。
雨を吸った芝が重く、蹴り出した力がそのまま吸い取られていく。
『(脚抜けが悪い……！ストライドだとダレる』
焦りながら歩幅を縮め、踏み込みよりも抜く動作を優先した。
少しでも脚を止めればそのまま地面に吸い込まれてしまいそうな感覚があった。