第25章 高鳴り
5月の終わり頃。夕方になる少し前。
キトウホマレはゲートに入りながら軽く息を吐いた。
東京レース場で行われる2500mの芝のレースは今回が二度目だ。前はアルゼンチン共和国杯で、今日は目黒記念。
坂の途中からのスタートで、第2コーナーから下りがあって、向こう正面から第3コーナーの手前でまた高低差。第4コーナーを抜けたらまた登って、そして最後に長い直線。
『(走ったことのあるレース場と距離だから、地形や仕掛けどころは頭に入ってる。でも……)』
今日は雨が降って芝が稍重になっている。そこが前回と違った。
『(この芝で先行勢が掛かってくれるといいんだけど)』
全員がゲートに収まったタイミングでホマレはスタートの構えを取る。
雨に濡れた金属の匂いが鼻先を掠め――いつも通り開かれたゲートから一斉にウマ娘たちが飛び出した。
『(まずは……中団をキープ)』
目黒記念に向けてのミーティング中に神座から聞かされていた。
東京レース場での2500mの芝では後方一気の成功例が少なく、追い込みの勝機があまり見込めない。だから最初の位置取りでは予め中団について脚を溜めておくよう指示された。
アルゼンチン共和国杯のときもそうだった。
問題なく中団につけたホマレはスタンド前の坂を駆け抜け直線を進んでいく。
芝を踏むたびに重くしっとりとした感触が靴裏に響いた。いつもの弾むような反発が今日はない。
『(足首まで沈む……芝の跳ね返りも遅い。脚を抜くのに体力を取られる)』
ダートの良バ場と近い走りにくさだった。
そう思うと、慣れのような気安さを感じていくらか気分が落ち着く。
『(ダートでの経験が活きてる……)』
体幹のブレもなく、芝をしっかりと踏み込みながらコーナーを曲がる。
ピッチ走法で遠心力を殺しつつ、滑りやすい内ラチを避けながら中団を維持した。
そのまま向こう正面に入り、緩やかな斜面を下っていく。
途中にある緩い上り坂を越えた辺りで、ホマレは第3コーナーの入口を見据えた。
『(ここまでは順調。あとは神座トレーナーの指示通りに……)』
稍重で滑りやすくなった下り坂を、重心を低く保ちつつ少しずつ加速していく。
踏み込みを深くし過ぎないように小刻みにリズムよく脚を回転させながら姿勢を維持した。