第1章 諸伏警部と陽気な彼女
うだるような暑さの正午。冷房のよく効いた室内で報告書の作成を進めていた私は、凝り固まった首と肩の筋肉を解すように体を動かす。パキポキと小気味いい音が鳴ったのを他人事のように聞きながら一つ息を吐いた。いやはや、年には敵わない。
こうも暑くては食欲もわかないな、とデスクの引き出しにしまってあったバランス栄養食を取り出して小さく噛る。口の中の水分がごっそりと持っていかれるのを感じながら、程よく積み上がった報告書の上にスマホスタンドを置きながらイヤホンを耳につけていると、香ばしい匂いが漂ってきたのでそちらを見やる。そこには紙コップにコーヒーを淹れ、私の分も持ってきてくれた上原さんがいた。
お礼の意味も込めて会釈すれば「何か見るんですか?」と私のスマホを指差している彼女に軽く頷く。
「ええ。昨日見られなかった番組を見ようかと思いまして」
「それはいいけどよ。積み上げた報告書をスマホの高さ調節にすんのはどうかと思うぞ」
「ちょうどいい高さだったもので、つい」
上原さんに次いでやってきた勘助くんに悪びれることもなく、しれっと返しながら自身のスマホを操作していく。テレビ番組が無料で見られる動画配信サービスアプリを立ち上げ、目的の番組を検索にかけていると興味深そうに幼馴染みの二人が私のスマホを覗きこんできた。どうやら私が今から何を見るか気になっている様子。
後ろの二人を無視して見たかった番組をタップすると短い広告が流れ始めたので、上原さんから頂いたコーヒーに口をつける。少し潤された口内に満足するのと、背後から「え」と言う声が聞こえてきたのはほぼ同時。
何か? と言う意味も込めて少しだけ後ろを振り返れば、目を瞬く上原さんが私のスマホをもう一度指差しながら──。
「諸伏警部……音楽番組見るんですか?」
と、意外そうに聞いてきた。
「意外ですか?」
「はい。勝手に報道番組とかかと思っていたので……好きな歌手が出るんですか?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところですかね」