第5章 誓いと背反
あれから、およそ一ヶ月が過ぎていた。
目元に柔らかな布が触れる。彼女の細い指が、包帯をそっと解いていく。その仕草のひとつひとつに、研ぎ澄まされたような静けさがあった。
右目の視界は、今も変わらず闇だった。だが左目には、わずかな光が戻っていた。色の境界が滲むぼやけた世界。けれど、それでも彼女の姿は、確かにそこにあった。
泣かせてしまったあの日から、私のなかの何かが、静かに崩れていた。
それまで私は、知を追い求めるために、どれほど自分を犠牲にしても構わないと本気で思っていた。痛みなど、恐れるに足らないと。
だが、彼女の涙を見てしまってから、初めてその考えに後悔と罪悪感が差し込んだ。私は、私の身体を傷つけたのではない。私を信じてくれた彼女の心を、壊したのだ。
包帯をすべて解き終えると、彼女は、少しだけ微笑んだ。穏やかで、静かな、あのときと同じ目をしていた。
「どうですか?」
「……見える。少しだけ」
声が思ったより掠れていた。だが彼女はうなずいて、手をそっと膝に戻した。
しばらくの沈黙。
私は、呼吸を整え、話さなければならない言葉をようやく口にした。
「……君に、伝えておかなければならないことがある」
彼女は少し首を傾けた。目をそらすことなく、私の言葉を待っている。
「……事件の前に、院長から通達を受けた。中央修道院での研究を停止し、教会の管理下にある、田舎の村へ移るようにと」
声が、かすかに揺れた。
「治療が終わり次第、私はここを離れる。……それが、決まっている」
彼女の表情は、ほとんど変わらなかった。ただ、少しだけまぶたが伏せられた。
「……それと。今までの、数えきれない無礼と、勝手を……謝る。ずっと、君を巻き込んできた。私は……」
「バデーニさん」
彼女が静かに遮った。
目が合った。かすかに潤んだ瞳が、私をまっすぐに射抜いた。
「私、結婚が決まりました」