第4章 観測されざる傷
心のどこかで、あの夜を何度も繰り返し思い出していた。
柔らかい闇の中、彼女の吐息と交わった沈黙のぬくもり。唇が触れたあの瞬間に、何かが確かに結ばれた。
それは言葉よりも深く、理屈よりも静かに、私の内部を変えていた。
けれど、日々は変わらず進み、彼女と顔を合わせるのは週に一度が限界だった。診療室のわずかな会話や、星見に出られる夜があれば幸運なほうだ。
それでも、何気ない言葉の端々に織り込まれた好意に、私は救われていた。冗談を交わし、視線を逸らすたび、彼女の存在が胸の奥に灯をともした。
不思議と情緒は安定していた。
以前の私なら、喪うことの不安に怯え、未来ばかりを睨んでいただろう。
だが、今は違った。来るべき別れが確実にあるとしても、あの夜に得た確信が、私を支えていた。
研究も、再び捗るようになった。
私は星々の運行について、計算によって新たな理論を組み上げていた。観測記録は最低限にとどめ、むしろ過去の星暦や古代ギリシアの資料から導き出せる数式を、何度も紙に起こしては破り捨て、また書き直した。
黄道帯の傾き、恒星の周期、惑星の逆行……それらを数式で説明しようとする思索にこそ、私は命を注いでいた。古びた羊皮紙の上に書かれた線と数とが、まるで天の秩序を映し出す鏡のように、私の手から生まれていく。
誰の手も借りなかった。借りるつもりもなかった。
だが、そうした姿勢は、やはり周囲の不興を買った。とりわけ、修道院長の目には、私のやり方は「独善的」と映ったようだった。