第3章 証拠なき契約
笑い合う声が、夜の静けさにやさしく響いた。先ほどまで涙を堪えていた目に、今は微かな光が宿っている。
こういうささやかな冗談のやり取りが、ふたりの間の距離を、確かなものとして繋ぎ直していくような気がした。
道の途中、小さな段差で私の足元がふらつくと、すかさずバデーニさんの手が伸びた。ごく自然な仕草で支えられながら、私は思わず立ち止まった。
「今夜……バデーニさんが来てくれて、本当によかった」
彼は一瞬返事に迷ったように、空を仰いでから答えた。
「私も、来なければよかったと思わずにすんだ。これからも、そう思えるように努力します」
修道院の塔が視界に入る頃には、ふたりの足取りは自然と静かになっていた。背筋を伸ばし、慎重に歩を進めながら、最後の角を曲がる前、バデーニさんが小さく囁いた。
「また、星を見に来ましょう。許されないことばかりですが……それでも」
私はそっと頷いた。
「ええ。また、あの丘で」