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軌道逸脱と感情の干渉について【チ。/バデーニ】

第3章 証拠なき契約



 *
 
 互いの呼吸がようやく落ち着いた頃、風がまた草を揺らした。夜の静寂に、誰かの気配を疑うような気持ちが一瞬よぎる。

「……戻らないと、ですね」

 私が小さく呟くと、バデーニさんは私の肩越しに東の空を仰いだ。夜の帳は深く、まだ修道院の朝鐘には遠いが、冷気が袖の中へ忍び込んでくる。

「戻る理由の半分は、礼拝の時間ですね。もう半分は……怪しまれないため」
「……じゃあ、そのもう半分は私のせいですか?」
「どちらかと言えば、あなたのせいでない時間が、最近はほとんどありません」

 思わず吹き出すと、バデーニさんの口元にもわずかに笑みが戻っていた。私達は肩を並べて、草むらを踏みしめながら丘を下り始めた。

「私……こんな時間に外へ出るのは初めてじゃないんです。時々ひとりで、こっそり……でも、見つかったら大目玉ですね」
「そのときは私のせいにすればいい。『博識な先生にそそのかされて』とでも言えば、きっと減刑されます」
「きっと、ですか?」
「ええ。そそのかされた相手が著名な学者なら、動機の一部に“高尚な好奇心”が認められる可能性があります。情状酌量の余地はあるでしょう」
「……ずいぶん理屈っぽい情状ですね」
「論文一本添えて謝罪すれば、三日間の祈祷で済むかもしれません」
「それ、書くの私ですよね?」
「もちろん。共著という形で」
「口が達者なんですから」

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