第5章 忘れられない人
凛は黙って、いつものように自分のケアをしていた。
視線を上げると、優人が國神の背後に回ってフォームを指導している。
言葉は的確、立ち位置の取り方も絶妙。
凛(……全部、完璧)
そう思ったが、同時に、
凛(……完璧すぎる)
とも感じた。
距離の詰め方。言葉の選び方。空気の読み方。
どれも“やり慣れている”。けれど、そこに違和感がないわけじゃない。
凛の目線が、ふとある方向へ動く。
──の姿は、この場にはない。
凛(……ここのところ、あいつがあのトレーナーのいる場所にいないことが多い。偶然か? いや、……“避けている”…?)
理由はまだわからない。だが、何かがある──。
凛の中で、仮説がうっすらと形になり始めていた。
そして國神とのやり取りを終えると、優人はすぐに別の選手へと視線を向け──
わずかな間を置いて、再び凛のそばへと近づいた。
優「凛さん、以前より肩周りがやや硬くなっているように見えます。ストレッチか、簡単な──」
凛「……前も言ったよな。“必要ない”って」
わずかに声音が下がる。
それは、冷たさというより“わずかな苛立ち”のようなものだった。
優人は、表情を変えずにその言葉を受け取る──
……ように見えた。
だが、ほんの一瞬。
口角が、わずかに引きつる。
それはまるで「計算が狂った」とでも言いたげな、微細なノイズ。
優「……すみません。お節介でしたね。以後、控えます」
すぐに整えられる柔らかな笑み。
他の選手に見せるのと変わらぬ“理想的な態度”──けれど、凛の目はそれを見逃さなかった。
凛(……今の、表情。ほんの一瞬だけど……“感情”が出た)
怒りか、焦りか。
それとも──他の何かか。
一瞬の“揺らぎ”を、凛は心に刻む。