第13章 千切
顔を上げると、わずかに開いたドアの隙間に、千切の姿があった。
夕方の光に輪郭を滲ませながら、彼は少しだけ目を見開いて立っている。
驚いたように目を見開いた彼は、すぐに部屋の中へ入ってくる。
千「……なんで、ここで……ひとりで……」
言葉はそこで切れた。
視線が、の濡れた頬に吸い寄せられる。
千「……泣いてる…?」
小さな声。けれど確かに、震えていた。
は慌てて顔を伏せ、涙を拭う。
「ちがうの……なんでもないから……」
千「なんでもない顔じゃないよ、それ……」
千切がゆっくりと近づいて、ベッドの隣にしゃがみ込む。
そのまま、そっと手を伸ばしてきた。
指先がの手にふれる。
あたたかい。やさしい。
拒もうとしたけれど、どうしても動けなかった。
千「俺、探してたんだ、のこと。理由は……分かんない。けど、今日ずっと、胸がザワザワしてた。…どこかで泣いてるんじゃないかって、……そんな気がして」
どうしてそんなことが分かるんだろう。
何も言ってないのに、何も見せてないのに——
なのに、千切はここに来てくれた。
千「ここ、たまたま通っただけなんだけど……なんとなく、がいる気がして。変な話だけどさ」
小さく笑う声。
でも、その笑いにはどこか緊張がにじんでいた。
千「泣くなよ…笑ってるほうが、絶対かわいいから……」
そう言って、千切はの肩にそっと手を置いた。
触れてもいいか、なんて聞かない。
でもその手は、迷いなく、あたたかかった。
——今ここで、誰かにすがりたくなるなんて。
誰かの前で泣いてしまうなんて。
そんなつもりじゃなかったのに。
でも千切の存在は、静かにそこにあって。
何も責めず、ただそばにいてくれた。
「……ありがとう」
そう呟くと、千切は少しだけ嬉しそうに目を細めて笑った。
千「……大丈夫。ここにいていい、俺が勝手に来ただけだから」
それだけを言って、彼は静かに黙った。
その沈黙は、不思議と苦しくなかった。
むしろ、安心できる静けさだった。