第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
信じたい。
あの目隠しの奥にある、本当の気持ち。
でも、それを知ってるほど、私は先生のこと、わかってる?
……自信がない。
(このまま流されたら……)
彼の手が触れるたびに、心が傾いていく。
好きになってしまっている自分を、自分でももう止められない。
でも、もしこれが、私にとってだけの“特別”じゃなかったとしたら――
私は、どうなるの?
(こんなふうに、また期待して、また……傷つくの、やだ)
震える手で、そっと彼の胸に触れる。
「……だ、だめです」
息を吸いきる前に、精一杯の言葉をぶつけた。
すぐに、ぴたりと彼の動きが止まる。
沈黙。
すごく、長い沈黙。
まるで、空気ごと凍ったみたいだった。
自分の声が、そんなに変だった?
言っちゃいけないこと、言った?
喉が詰まる。
は唇を噛んで、震える指先で自分の胸元を押さえた。
「……キスは……好きな人同士が、するもので……」
やっと出てきた声は、小さくて、頼りなかった。
けれど、必死だった。
「それに……私と先生は、そういう関係じゃ……ありませんよね」
言い切った瞬間――
五条から、熱がすっと引いていくのを感じた。
表情は見えないのに、わかった。
彼が一歩、心を引いた気配を。
怖くなって、声をかけようとしたそのとき。
「……じゃぁ」
ぽつりと、彼の声が落ちた。
「は……僕のこと、どう思ってるの?」
視線が揺れる。
答えようとして、言葉が出ない。
(……好き。もう、自分でもどうしようもないくらい)
(でも、“好き”って言ったら――)
(――先生は、もう“先生”じゃいられなくなる気がして)
(でも、だからって“恋人”になれるなんて……そんなの、わからない)