第8章 「この夜だけは、嘘をついて」

唇が離れたあとも、世界はまだ揺れていた。


胸の奥が、ぽうっと火照っている。
さっきまでくっついていた額も、触れていた指先も、もう肌にないはずなのに――
そこだけが、まだじんわりと温かい。


（……うそ……）


心臓の鼓動が、喉の奥で暴れていた。


（……またキス……された。今度は、ちゃんと……）


舌が触れ合って、奥まで――。
甘くて、熱くて、怖いくらいに深くて。



「……」


　
名前を呼ばれた瞬間、背中が跳ねた。
近づく気配に、反射的に一歩、足がすくむ。
けれど逃げられない。


額がそっと重ねられる。
すぐ目の前で、五条の息が混ざる。
なにも考えられない。脳が、焦げそう。



「……もう一回、していい？」

「……っ……も、もう一回……！？」



耳まで熱が駆け上がってくるのがわかる。
反射的に、胸の前に手を出して押し返した。



「せ、先生、ちょ……落ち着いて……！」



声が裏返る。
逃げるように視線を逸らしても、あの黒い布の奥から、まっすぐに見つめられてる気がした。
鼓動が跳ねて、手に力が入らなくなっていく。



「やだ。……したい」



その声だけで、膝が抜けそうになる。


（……このまま、また……）


だめだと頭では思ってるのに、
彼の声の熱に、意識がじわじわと溶けていく。


唇が触れたときの感触が、まだ残っている。
もっと触れられたら、どうなるんだろう。
もう一度、彼の熱に包まれたら――
きっと、抗えない。


けれど。


（……先生は、何を考えて……るの？）


ふいに、胸の奥が冷える。
彼の気まぐれかもしれない。
さっきのも、深い意味なんてなくて――
もしかして、ただのキス魔とか！？


（いや、でも……先生がそんな軽い人とは……）