第26章 「愛ほど歪んだ呪いはない」
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翌日の午後。
私は医務室のパイプ椅子に座って、膝の上でぎゅっと手を握りしめていた。
(……緊張する)
国立先端再生医療センターの主任研究員。
再生医療の分野では世界的にも注目されていて、しかもまだ三十代の若さで次期ノーベル賞候補とまで言われている人。
そんなすごい人が、今からここに来るなんて。
「、そんなにガチガチになるなよ」
白衣姿の硝子さんが、コーヒーを片手に笑う。
「だって……すごい人なんですよね?」
「まぁ、世間的にはな。でも中身はただの研究オタクだよ」
そう言われても、と思ったその時――
コンコン、と。
控えめなノックの音が、医務室の扉から聞こえた。
「どうぞ」
硝子さんが声をかけると、静かに扉が開いて、長身の男の人が入ってきた。
(あ……)
思わず、視線が釘付けになる。
テレビで見た通りの、整った顔立ち。
細いフレームの眼鏡をかけていて、少し長めの髪は後ろで低く一つに結ばれている。
ぱりっとしたスーツを着こなしているのに、威圧感みたいなものはまるでない。
先生みたいな、目を引く圧倒的な派手さとか。
傲慢なくらいの自信とか。
そういうのとは、まるで違う。
穏やかな湖面みたいな、別の種類の人だった。
「久しぶりですね、須和先輩」
硝子さんが片手を上げて挨拶する。
「家入……相変わらず、煙草臭いなここは」
須和さんは、困ったように笑いながら室内を見渡した。
その声はすごく柔らかで。
テレビの講演で「死は欠陥だ」と語っていたときの、あの熱を帯びた声とは全然違っていた。
須和さんの視線が、ふいに私に向いた。
「君が、さんかな?」
「あ、は、はい……!」
慌てて立ち上がって、深く頭を下げる。
「、です。よろしくおねがいします……っ」
(噛みそうになった……)
須和さんは少しだけ目を細めて、ふっと微笑んだ。