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【呪術廻戦/五条悟R18】魔女は花冠を抱いて眠る

第7章 「残るのは、君だけ」


春の空気はまだ少し冷たく、走るたびに頬をかすめていく風が、散り残った桜の花びらを地面に舞わせる。
グラウンドを踏みしめる靴音が、一定のリズムで耳に残った。


「よーし! あと二周!」


先頭を走る虎杖の声が、淡い春空に軽く弾む。


少し後ろ――は走りながら、視線を落とした。
何も考えないようにしていたのに、ふいにあの日のエレベーターが蘇る。


――「可愛い生徒がいたからやめといたよ」


軽く笑って言われた言葉が、今も胸の奥で形を変えずに棘のまま残っている。
走るたび、心臓に刺さったままの小さな棘がわずかに揺れる。


(……私だけが、舞い上がってた)


あれ以来、廊下ですれ違っても目を合わせられない。
先生の顔を見ると、あの日の自分の勘違いが胸を締めつける。
視線を逸らすたびに、逃げている自分が嫌になるのに――それでも正面からは見られなかった。



「……っ」



考えに沈んでいたせいで、前を走る伏黒に気づくのが遅れた。
肩がぶつかり、そのまま体勢を崩す。



「わっ――」



尻餅をつき、少し湿った土の感触が背中に広がる。



「悪い、大丈夫か?」



伏黒がすぐに手を差し伸べてくる。


「何やってんのよ!」と野薔薇が笑い、虎杖も「しっかりしろよー!」と声をかける。


は自分でも苦笑して、伏黒の手を取った。
差し伸べられた手を取った瞬間、指先から静かに温もりが流れ込む。


ふと、その温もりの奥に、先生の手の感触がかすかに重なる。
気づけば、あの人の顔が脳裏をかすめていた。


(……やめて)


直視なんて、とてもできない。
見ればきっと、心の奥を覗かれてしまう。
何も言わずとも、全部見抜かれる気がして――
それが怖くて、悔しくて。


だから、走った。
足音と鼓動が重なって、胸のざわめきを振り払うように。
風を切るたび、余計なものが遠ざかっていく――先生の顔さえも。


その横を、花びらが静かに舞い落ちる。
地面に触れたそれはすぐに、風にさらわれて消えていった。
まるで、掴もうとした何かのように。
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