第22章 「可惜夜に眠る 中編**」
「おーい! せんせーー!!」
波音を切り裂くように、明るい大声が響いた。
ハッとして声をする方を見ると、遠くの波打ち際から虎杖くんが両手を振っているのが見えた。
「腹減ったーー!! そろそろメシ食おーぜーー!!」
「A5ランク食わせろー!」
野薔薇ちゃんも浮き輪を掲げて叫んでいる。
その隣では、伏黒くんや先輩たちも、すでに片付けを始めてこちらへ向かう準備をしていた。
「……」
先生は、ふっと息を吐いた。
そして、私に向けていた視線を外し、ポケットから取り出したサングラスをかけ直す。
その奥の表情は、もう見えなかった。
「ほら、も。置いてかれちゃうよ」
先生は私の顔を見ないまま、ポンと軽く頭に手を置いた。
優しい手つきだったけれど……
バスの中で指を絡めてくれたあの温度は、もうどこにもなかった。
「……はい」
それだけ言うのが精一杯だった。
先生はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けると、虎杖くんたちの方へと歩き出した。
遠ざかっていく背中。
波音の向こうで、先生の声が混じる。
いつもの調子で、冗談を飛ばして、笑って。
さっきまでのあの表情も、差し出された手も、全部なかったことみたいに。
(……だめだ、わたし)
気を使わせて、無理をさせて。
先生に、何もなかったみたいな顔をさせてしまっている。
責めてくれたらいいのに。
怒ってくれたら、まだ楽になる気がした。
私、どうしたいんだろう?
逃げたいの? 責められたいの?
それとも、許されたいの?
自分の気持ちが、わからなくなっていく。
「ー!」
不意に名前を呼ばれて、はっとした。
少し離れたところで、野薔薇ちゃんが手を振っている。
「なにぼーっとしてんの。置いてくわよー!」
その明るい声は、私の胸の奥に溜まっていたものを、ぐっと押し戻した。
「……今、行く!」
そう答えて、濡れた足で砂を踏みしめた。
夕暮れが近づく空の下。
賑やかな声と、寄せては返す波の音。
その狭間で――
まだ、少しだけ、息の仕方がうまく分からなかった。