第21章 「可惜夜に眠る 前編」
……お父さん。お母さん。
見つけてあげられなくて。
探してあげられなくて、ごめんね。
全部、私が弱いからダメなの。
波が寄るたび、名前を呼ばれて。
「ここだよ」って言われてる気がして。
私は砂浜に立ったまま、動くことができなかった。
その時――
濡れた砂を踏む音がして、目の前に先生の手が差し出された。
大きくて綺麗な手。
バスの中でずっと繋いでいてくれた、あの温かい手。
私の……大好きな手。
吸い寄せられるように、自分の手をゆっくりと伸ばした。
触れたい。
縋りたい。
握ってほしい。
このまま、何も考えずに、ただ先生の隣にいたい。
――そう思った、その瞬間。
引き波が戻ってきて、私の足首をかすめた。
冷たい水が、皮膚に触れる。
(……っ)
反射的に伸ばしかけていた手を、胸の前に引き戻す。
顔を上げると、先生の表情が目に入った。
蒼い瞳が、わずかに揺れて私を見つめている。
(……あ)
この顔を、私は知っている。
(……なんで?)
(どうして、その顔をするの?)
怒っているわけでも、責めているわけでもない。
ただ、手が届かないことに苦しんでいるような――そんな、酷く寂しい顔。
それは――
あの日、夏油さんが先生を置いて去っていった時と同じ。
記憶を見たあの日、「先生の痛みがなくなったらいい」と願ったくせに。
もう二度とさせたくなかったのに。
なのに。
私の拒絶が。
私の弱さが。
私の過去が。
また先生にあの時と同じ顔をさせてしまった。
「……あ……」
ごめんなさい、と謝ることすらできなかった。
波が、また寄せては返す。
さっきまでそこにあった先生の足跡は、もう見えなかった。
私の罪悪感は――
いま一番大切な人を、一番残酷な方法で傷つけている。
『――お前のせいだ』
夢の中で聞いたあの声が。
波の音に重なって、また聞こえた気がした。
♦︎第21章 了♦︎