第6章 「月夜、心を濡らす」
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医務室のベッドの上で、は天井を見つめていた。
眠れない。
まぶたを閉じても、さっきの出来事が何度も脳裏で繰り返される。
――五条からの、突然のキス。
唇の感触は、まだ生々しく残っている。
あの瞬間、心臓がどうなっていたのか、自分でもわからなかった。
でも――その後。
五条は小さく「忘れて」とだけ言って、の頭をそっと撫で、何も言わずに医務室を出ていってしまった。
残されたのは、胸の奥で暴れ続ける鼓動と、触れられた場所の温もりだけ。
(……どうして)
自分の頬に手を当てる。
まだ熱が引かない。
(どうして先生は、あんなこと……)
拒むべきなのに、できなかった。
驚きよりも先に――嬉しいと思ってしまった自分がいた。
指先がゆっくりと唇に触れる。
そこには、まだ残像のような温もりがあった。
五条の言葉が、頭の中で何度も反響する。
――「忘れて」
(……そんなの、無理だよ)
忘れられるわけがない。
だってあれは、初めてだった。
あんなに優しくて、あんなにずるくて――
心をまるごと持っていかれるような、キスだったのに。
(忘れられない。……忘れたくないよ)
胸の奥がじくじくと痛む。
どこにも逃げ場がなくて、感情ばかりが溢れていく。
「……先生、好き……なのに……」
声にならないほど小さな呟きが、夜の医務室に滲んだ。
天井の明かりがにじむ。
気づけば、目元が熱かった。