第21章 「可惜夜に眠る 前編**」
野薔薇ちゃんからのメッセージを確認しようとしたが、手が止まった。
画面を見ているのに、頭の中は別の場所にいる。
昨日のことが、うまく一つの形にならない。
潮の匂い。
湿った風。
小さい揺れ。
《……津波の心配はありません》
防災無線の声だけが、妙に鮮明で。
あれが頭の中で、まだ響いている。
その後のことは、あまり覚えてない。
……ううん、ちがう。
覚えてないっていうより、思い出したくないのかも。
先生はあの後、私をバス停まで送ってくれた。
仙台行きの高速バス。
バスが出発して、窓の外を見たとき。
あの場所に残った先生の姿が、遠くなるのだけは覚えてる。
仙台駅に着いたら、新田さんが迎えに来てくれていた。
(先生が、連絡……してくれたのかな)
私が、あんな状態だったから。
一人で帰れないって思ったんだろうな。
そのあと、新田さんと一緒に新幹線に乗って――
気づいたら高専に戻ってた。
部屋に戻って。
鍵を閉めて。
ベッドに倒れて。
(……後で謝らなきゃ)
先生にも。
新田さんにも。
困らせた。
迷惑をかけてしまった。
そう思ってるのに、指が動かない。
メッセージを打つ気力もない。
(……先生、気づいてたよね)
私が、両親の話を避けてたこと。
どこかで、ずっと。
ベッドから立ち上がる。
足元が少しふらついて、壁に手をついた。
机の引き出しを開ける。
そこには、一枚の写真。
お父さんと、お母さんと、私――三人で写っている。
たぶん、公園かどこか。
桜が咲いてて。
私はピンクのワンピースを着ていて、ふたりの手をつかんで笑っていた。
5.6歳の頃だったと思う。