第21章 「可惜夜に眠る 前編**」
「ちゃーん! いっしょに行こー!」
玄関の方から、元気な声が聞こえてきた。
「あ、ミホちゃんだ!」
「ほらほら、慌てないの。転ぶわよ」
急いで廊下に出て、階段を上がった。
「ランドセル、ランドセル……!」
自分の部屋に飛び込んで、机の横にかけてあったランドセルをつかむ。
「ー! 忘れ物ないー?」
下から、お母さんの声。
「ないー!」
大きい声で返事をして、玄関へ行くと、お父さんとお母さんが待っていた。
「もー、ボタン外れてるじゃない」
お母さんがそう言って、私のコートのボタンを留めてくれる。
「よし。これで完璧」
「えへへ」
お父さんが、にっと笑った。
「じゃ、行ってらっしゃい。お姫さま」
「車に気をつけるのよー!」
玄関の扉を開けると、外の空気がすっと入ってきた。
冷たいのに、気持ちいい。
空が高くて、青くて――まぶしい。
「いってきまーす!」
そう言って、私は外に一歩出た。
「ミホちゃん、おはよ――」
言いかけて、足が止まる。
(……あれ?)
ミホちゃんがいない。
私は首をかしげて、もう一度まわりを見た。
道路も、電柱も、見慣れたいつもの景色のはずなのに。
鳥の声も、車の音も、風の音も、ぜんぶ消えたみたいだった。
「ミホちゃん……先に行っちゃったのかな?」
私はお父さんとお母さんに聞いた。
でも、返事は返ってこない。
「ねえ、おかあさ――」
振り返ると、息が止まった。
お父さんとお母さんが、さっきと同じようにそこに立っている。
でも――
顔が、ぼやけていた。
輪郭が滲んで。
目も口も、もう見えない。
(なんか……へん)
目をこすっても、変わらない。
青い空も、さっきより白っぽい。
まぶしいはずなのに、色が抜けていくみたいで。
まるで、自分以外が、静かに薄れていくようだった。
お母さんの髪の色が、少しずつ薄くなる。
お父さんの服の黒も、白く滲んでいく。
(やだ……)